2011年7月29日金曜日

Happy ending のオペラ

  オペラに馴染みのない人たちの興味を惹くために、美女とその悲劇的な死を扱ったオペラを紹介してきました。
全てのオペラが、悲劇で終わるわけではありません。Mozartの、特に人気のある4つのオペラは、全部 happy end です。
Mozart の4大オペラは、日本語訳のタイトルだけでなく、原語で知っておくと、国際コミュニケィションの場で役立ちます。
Le Nozze  di Figaro, Cosi fan tutte, Don Giovanni と  Die Zauberflöte (The Magic Flute) です。最後の「魔笛」は英語で覚えていてもいいかも。なぜなら、原題のドイツ語を知らない英語国民もいますから。Broadway musical の Lion King の演出で評判になったJulie Taymor が、メトで演出した The Magic Flute は、英語上演でした。
4大オペラで死ぬのは、Don Giovanni の主人公の Don Giovanni だけです。そして、それは目出度いことですので、オペラとしては happy end です。
その他の happy ending のポピュラーなオペラをいくつか紹介します。今まで紹介した東欧の美人歌手も、Mozart や次に紹介するオペラに出ています。悲劇のヒロインとは、一味違った歌と演技で、楽しませてくれます。 
Johann Strauß の Die Fledermaus (こうもり)
Franz Lehár の Die lustige Witwe (The Merry Widow)
  この二つは、opera というより、operetta (喜歌劇)と呼ばれるます。
Richard Straus の Der Rosenkavalier と Arabella など。Salome は、Salome の死で終わります。
Gaetano Donizetti のL'elisir d'amore は、喜劇です。Lucia 歌いのソプラノは、大抵この opera の女主人公 Adina を歌っています。
Gioachino Rossini の Il barbiere di Siviglia (The Barber of Seville)
  Rossini は、生涯で34のオペラを作曲していますが、日本では、他の曲はあまり知られていません。彼の生地 Pesaro の Teatro Rossini で毎年開かれる Rossini Opera Festival は、
http://en.wikipedia.org/wiki/Rossini_Opera_Festival は、1980年から毎年開かれ、ヨーロッパの opera festival でもっとも ticket を手に入れるのが難しいといわれています。そこで上演された多くの作品が Classic Japan で放送されています。悲劇も喜劇もあります。 

今、こうやって、ポピュラーなオペラで、happy ending のものを、思い出し、思い出ししていましたが、やっぱり少ないですね。もっとあるはずだが、と思って、「オペラデータベース」というサイトで、オペラ史上の重要な作品が列挙されているサイトを見てみましたが、上記以外に2,3悲劇的でないものもありますが、日本であまり上演されないし、DVD/BD でも、多く出てないものです。
http://www.and.or.tv/operaoperetta/
そうすると、オペラはやはり、美女が悲劇の死を遂げるメロドラマということに、結局なるようです。
上記オペラのタイトルをなぜ、わざわざ原語や英語で紹介したか、には次の理由があります。
ひょっとして?これらのオペラを見てみたいと思う人がいたら、Amazon.com で探すといいからです。その際、日本語では検索できないので、原語か英語がいるからです。Amazon.co.jp で日本語で検索してもいいですが、Amazon.com と Amazon.co.jp では、customer review の質量が、全然違います。だから、Amazon.com の customer review を参考にして、優れた上演を選び、それを Amazon.co.jp で注文するといいでしょう。私ならいつでも相談にのりますから、ご遠慮なく、どうぞ。オペラファンを増やすためなら、協力を厭いませんから。

2011年7月28日木曜日

東欧はなぜ美人オペラ歌手を大勢生み出すか

  今日のテーマは、東欧はなぜ美人オペラ歌手を大勢生み出すか、です。
そんなこと分かる人いるかな。それなのに、あえて、なぜ、そんなことを考えたか、というと、こんなわけがあります。
クラシック音楽の専門チャンネル「クラシカ・ジャパン」には、「ポートレィト」と題する、音楽家の生い立ちからその活躍を紹介する一連の番組があります。
その中のひとつ Elina Galanca の「ポートレィト」を見た時に、非常に感じたことがありました。彼女は、子供の頃は、演劇も俳優志望でした。
ところが、彼女の両親は、どちらも声楽の音楽家で、母親は、vocal music teacher で、Elina を、2歳の頃から、自分の lesson の場に連れて行っていたそうです。Elina は、おとなしい子で、何時間でも飽きずに、lesson を聴いていたそうです。そして、自分も歌手になりたいと言い出した時、母親は、女性がその道で、プロとして生きていく厳しさを知っていたので、猛反対しましたが、Elina の意思は固く、20歳の時に、ラトビアの音楽アカデミーに入学しました。この documentary 番組で、彼女がくり返し語ってのは、声楽教師の重要性でした。そして、さらに、次の画面のようなことを語っています。
オペラ歌手が、コンピュータの制御で歌うなどとは、信じれないでしょう。
もちろんこれは喩えですが、私の知るところでは、vocal training というのは、ものすごく科学的なのです。「現代の」という受け加えがいるかもしれませんが。特に横隔膜や呼吸筋をどう使うか、というのが科学的に研究されています。
ということで、思い出したのが、旧東ドイツが、あの頃の Olympics で、水泳、陸上などで、金メダルを独占したことです。そして、それは、スポーツ科学研究所における科学的研究による、科学的トレーニングがあったことがあきらかになりました。その結果、世界各国で、スポーツの各分野での科学的究明が進みました。プロ野球の世界でも、肩は消耗品だといって、100球を超えると、交代するという現象が起きています。あれの科学的根拠はあったかな。
旧ソ連圏では、スポーツ選手は英雄化され、また、優れた芸術家は、人民芸術家の称号を与えられ、生活も保証されていました。第二次大戦終了後、直ぐ、ドイツ軍によって破壊された当時のスターリングラード(現レニングラード)で、人民の住宅より、劇場の建設を優先させたのは有名な話です。一方、愛知県では、終戦後の初代民選桑原知事が、県美術館(現在の美術館の前身)と、県立芸術大学を設立した時、検問の住宅の方が先だ、と猛烈な批難を浴びました。何の違いでしょうか。
というような諸事情を考えると、旧ソ連圏の国々では、スポーツや芸術の分野で、その技能の科学的研究が進んでおり、それに基づいた、科学的とレーニンが行われていた、と考えるのは、どんなもんでしょう。
そういう科学的とトレーニングでは、もって生まれて才能もあるでしょうが、才能よりも、それに基づいた訓練がものを言います。Galanca も、寝て歌ったり、逆立ちで歌ったりという猛訓練を繰り返したと、語っています、そして声域を一オクターブ半広げるのに一年かかった、とも語ってます。そして、その話の最後に「思えば気の長い話です」と付け加えています。
一方、イタリアの生んだ名歌手たちを、見ていると、なんとなく、生まれながらの名歌手という感じがします。Pavarotti など、あの輝かしい高音で歌いながら生まれたのではないかと、思ってしまいます。だから、いくら飲んで食って、太っても平気なのです。
一方、苦しいとレーニングで、美声を獲得した歌手は、節制して、体型を保ち、いつまでもトレーニングを怠らないので、太るひまがない、と私は考えるのです。
このところ紹介した東欧圏出身の美人歌手たちは、全員自国の音楽院で歌手としてのトレーニングを受けています。
もうひとつ東欧圏出身の歌手に共通することがあります。Netrebko 以外の歌手は、世界的に上演される自国語のオペラ作品がありません。世界の歌劇場で歌うには、イタリアオペラ、フランスオペラ、ドイツオペラを歌わなければなりません。彼女らに共通するのは、殆ど全員がイタリアオペラとフランスオペラが歌えます。Galanca は、ドイツ語のオペラも歌います。一方イタリアのソプラノ歌手は、イタリアオペラしか歌えない人が殆どです。
このあたりの事情、東欧圏以外の、旧西ドイツ、スペイン、南米、北欧、イギリス出身の歌手についてはどうなのか、また、別の機会に紹介します。
そこで、なぜ東欧圏から、美人歌手が多くでるか、を結論付けていえば、こんなことになるでしょう。
旧ソ連圏では、アスリートや芸術家が重んじられ、スポーツ、芸術の分野で、西側よりも、科学的トレーニングが、進んでいた。そこで、容姿がオペラの主人公にふさわしい人が、太っていなくても(そもそも太ってるオペラのヒロインはいない)、訓練によって、コンピュータのように正確に声をコントロールすることによって美声を獲得することが出来た。結果として、美人がオペラ歌手になれた。
こんなこと言ったの、私が始めてでしょうか。他に同じこと言っているひとがいたら教えてください。

2011年7月27日水曜日

東欧は、美人歌手の宝庫。なぜ?

  今回は、なぜ、このところ西欧のオペラ界に、こんなに美人 soprano が出てきたか、のお話です。
昔は、特に日本では、オペラは見るものではなく聴くものでした。LP レコードの時代になって、オペラ全曲盤が出るようになりました。それが CD にも受け継がれました。FM 放送が始まると、毎週日曜日に FM オペラアワーが出来て、長時間のオペラも放送されました。LP や CD を買うとオペラ台本の日本語訳がついてくるので、それを読みながらオペラを聴くわけです。
レコードですから、歌手の顔は見えません。解説書に写真が載っていますが、美人に見えるように写してありますので、オペラ歌手は、美男美女だと思っていた人も多かったですね。その頃のオペラ歌手は、とにかく声がいいことが第一条件でした。歌手ですから、当然ですが。
オペラ劇場では、顔の見分けがつくような上等な席で見れられる人は限られていて、殆どの人は遠めにしか見えないです。
「夜目遠目傘の内」と言いますが、女性が美しく見える場合のことです。オペラ劇場で「遠目」でみれば、みんな美人に見えたかもしれません。
そこへ、日本の Pioneer が Laser Disk を開発して、その販売戦略として、特にアメリカ市場を狙って、メトロポリタンオペラの上演を録画して、販売しました。日本でも発売されて、私が「レコード芸術」誌推薦版を片っ端から買ったという話は前にしました。その時に、coloratura soprano として、メトで名声を誇っていて、レコードでその美声を聴いていた歌手の舞台を始めてみました。
カメラが遠めで写しているときは、別になんとも思いませんでした。Cameraman というものは、photographer もそうですが、zooming up が好きです。また、その頃の video camera は、まだ性能が、今の HD に比べたら画像の鮮明さが落ちます。それを補うためには、zooming up で、いわゆる「アップの画像」をとりたがります。そうすると、どうなるか、今で覚えていますが、あえて名前は出しませんが、その美声の歌手が「遠目」から、アップで顔が大写しになったとき、げーとしましたね。私は二度とその LD は見ませんでした。今調べたら、その LD、DVD になって今でも出ています。
その他、台本では絶世の美人となっているのに、有名な黒人ソプラノが主演している舞台も、LD で見たら、すごい違和感があって、これも二度とみませんでした。
LD は、全曲盤ですと、一万円以上しましたし、player も高かったので、結局あまり普及しませんでした。オペラの LD を買った人は、私のオペラ狂の友人もそうでしたが、オペラが好きで、見たくてたまらない人たちだったでしょう。そういう人は、オペラ歌手の顔など、どうでもよかった人が多かったようです。それとも、目をつぶって聴いていたかも。
DVD が普及し、player も一万円を切る頃になると、DVD のオペラ全曲が、各種出回り始めました。普通の2時間もののオペラですと、3,000 円くらいで買えます。全集などにして、一曲 2,000円以下のものも出回っています。
最初の頃は、録画されるのは、メトを初め、欧米の主要劇場の上演が主でしたが、イタリアの地方都市の歌劇場でも有名歌手が出演したものを、その劇場なり、映像会社が収録して販売するようになりました。
そうすると、当然売れる見込みの多いものを映像化します。映像化するか、どうか、は、演出者が決めるのではないのです。オペラの DVD 制作・販売会社の社長なり、担当者が決めるのです。
と、すれば、当然、美人歌手の出演したものの映像化を優先するでしょう。
簡単に言えば、そういうことで、演出家というより、映像会社の要求で、美人歌手の出演が望まれたわけです。
その時に、ぞくぞく現われたのが、東欧出身のソプラノ歌手だったのです。前回、前々回に美人歌手を紹介した時、出身国も挙げておきましたね。その時に気がつきませんでしたか。
Nebrebko はロシア、Gheorghiu はルーマニア、Galanca はラトビア、Machaidze はグルジアです。
ちょっと上の世代にも、東欧出身の人気歌手が大勢います。必ずしも、この4人ほどの美人ではないですが、不美人ではないです。
Raina Kabaivanska ブルガリア(この人は美人歌手と言われ、日本でも人気があります。美人好みのカラヤンがオペラ映画トスカに起用しています。
Maria Guleghina ウクライナ、Edita Gruberova スロヴァキア、Eva Malton ハンガリー、Lucia Popp スロヴァキア
今顔を思い浮かべると、それなりに美人ですね。
忘れたならないのは、これらの歌手は、みんな美声で、歌がすばらしいです。
では、なぜ、東欧から、こんなに多くの、天が二物を与えた女性歌手が出てきたか、と当然思うでしょう。なぜでしょうね。
私の考えを次回に述べてみたいと思います。

2011年7月26日火曜日

美しきソプラノたち

  オペラファンならずとも、美女が死ねば、紅涙?を流す人も多いでしょう。それが、きっかけになってオペラを見ようという人が増えないかと思って、こういう話を続けているのですが。
それは、そうと紹介した死の場面のソプラノ、みんな美人だったでしょう。
最近、写真家が、舞台を離れた美人ソプラノの写真集を作るのが流行っています。私の知る範囲で、そういう写真集が出ているのは、死の場面で登場した soprano/mezzo soprano  では、Netrebko, Galanca の2人です。オペラの場面では紹介しなかった soprano では、NY 生まれで MET の女王である Rene Flemming とドイツはバイエルン生まれの Annette Dasch です。
それぞれの写真集から、一枚づづ紹介します。ここに名前を挙げた順です。どうです、映画女優も顔負けでしょう。顔だけでなく、スタイルも抜群なのです。




Gheorghiu と Machaidze は写真集は、まだ?出ていませんが、Gheorghiu の素顔の写真と Machaidze の舞台衣装を写真を紹介しておきます。


そこでですね。こんな映画女優顔負けの soprano たちが、続々出てきたのは、まだ、ここ10年あまりのことです。それまでの soprano というと、失礼ですから、いちいち名前を挙げませんが、名ソプラノと言われた人は、殆ど全部、大柄で、横に太く、人によっては、2メートル以上で、とてもとても、台本にあるような絶世の美女と言えたものではありませんでした。
例外はありました。Maria Callas は、めちゃくちゃ太っていましたが、ある日自分の姿を鏡でみて、あまりの醜さにビックリして、ウソか本当かしりませんが、回虫を飲んで、痩せて、最後には「メディア」という映画に主演するほどの、美女になりました。そして、ギリシアの海運王 Aristotle  Onassis に求婚されて、前夫と離婚して、再婚しましたが、今度は、Onasis が、Kennedy 大統領が暗殺されて、未亡人になった Jacqueline に目をつけて、結局すてられました。という話はご存知でしたか?
当時世界のオペラファンの間では、Renata Tebaldi と Maria Callas が、soprano の人気を二分していました。その Tebaldi が、1961年に初来日し、Tosca を歌ったときのことです。第二幕の有名なアリア Vissi d’arte, vissi d’amore (歌に生き、愛に生き)を歌った後、拍手が鳴り止まず、確か10分くらい続いたはずです。そして、熱狂した観客が「ブラボー、ブラボー」と絶叫しました。別に不思議はないでしょう?
ところが、公演の後、Tebaldi が、「私長年舞台で歌っていて、bravo と言われたの初めてですわ」と、不満そうに言ったのか、冗談で言ったのか、わかりませんが、とにかくそう言ったそうです。そして、「私があまり大きくて女に見えなかったのかしら」と付け加えてという話です。
この話のミソは、知っている人にはよく分かるでしょう。つまり、イタリア語は、他のロマンス系のフランス語やスペイン語と同じく、形容詞には、男性形、女性形、複数形があります。Bravo, Brava, Bravi となるのです。
Tebaldi は、soprano でもちろん女性ですから、欧米では、必ず Brava! と叫びます。それが、日本に来たら、Bravo! と言われたので、やはり多分頭に来たとおもいますよ。
オペラには、一人で歌うアリアだけでなく、tenor と soprano, bariton と soprano などの男性歌手と女性歌手の二重唱があります。それが終わった時に、Bravo! と言ったら、女性歌手は、怒って退場してしまうかもしれませんよ。そういう場合は、お世辞でも Bravi! というものです。
なぜ、このところ西欧のオペラ界に、こんなに美人 soprano が出てきたか、今日はそこまでお話するつもりでしたが、Callas と Tebaldi で脱線しましたので、続きは今度です。
Bravo, Brava, Bravi の区別は、くれぐれも忘れないでくださいよ。そして、私の blog には、ぜひ、Bravo! を。

2011年7月25日月曜日

Armchair Theater Goer の巻 ソプラノが自決する時

  この前の Madama Butterfly の最後の自決の場面を capture しながら、思ってたことです。
こういうのも Armchair Theater Goer しか、気がつかないことかもしれません。
あの五つの場面で、蝶々さんは、どの様に懐剣で、自決したのでしょうか。
ひとつは、首に懐剣を当てて、頚動脈を切っています。ひとつは、後ろ向きの場面で、どうやら懐剣で胸を突いているようです。
男が、短刀で自決する場合は、腹をきりますね。切腹です。苦しいから、介錯をしてもらって、なるべく早く息の根を止めてもらいます。というより、首を落とされます。
女性の場合は、介錯がないので、即死できないですね。「椿三十郎」の最後の三船敏郎と仲代達矢の決闘シーンで、仲代が頚動脈を切られた瞬間、ものすごい血しぶきが噴出しました。もっとも白黒映画ですので、真っ赤な血ではないのですが。話に聞くと、頚動脈を切ると、あのようにすごい血が噴出すそうです。
蝶々さんも、頚動脈を切るという演出なら、血を噴出さなくても、その場で即死ということはあります。
しかし、胸を突くという演出だったら、どうなるでしょうか。蝶々さんは、10代後半の女性ですから、まだ胸はそう大きくないかもしれませんから、短刀も通るでしょうか。しかし、そのためには、着物を重ね着していては、ダメです。演出では、薄着になっているのがありましたね。
蝶々さんは、それでいいですが、他のオペラでも、ヒロインが、短刀で胸を突いて自決する場面がよくあります。演じているソプラノは、みんなすごい breast の持ち主です。演じている劇中のヒロインも同じでしょう。
胸を突く、と言っても、一体どこを突くとおもいますか。心臓を突かないとすぐ死ねないでしょう。心臓は、あの大きな 左の breast の下になるでしょう。Breast を突き抜けて、心臓まで短刀が届くかな、と心配になりませんか。と言って、breasts の真ん中を突いでも、死ねないでしょう。
だから、オペラのソプラノのような巨大な breats の持ち主は、「胸を突いて」自決することは不可能で、頚動脈を切るのが best? だ、というのが、私の結論なんですが、皆さんどう思いますか。
Carmen が Don Jose に指されるシーンでは、紹介した演出では、背中から刺していました。Jose は、前からでは、breast を突き通せないと知ってたから、背中から刺したんですね。前から刺す演出もありますが、あれは演出家が、そういうことを考えなかったのでしょうか。
舞台を見ているだけでは、気がつかないことを、armchair theater goer は、映像をコマ送りしながら、見つけ出すことも出来るのです。
私が、なぜ、こんな話をするか、というのは、オペラというと、高尚過ぎて、とっつきにくい、と思っている人が多いので、なるほど、そういう見方も出来るか、一つ見てみようか、という人が一人でも増えないか、と思ってです。
しかし、まあ、お粗末な話ではありました。

2011年7月23日土曜日

Armchair Theater Goer 急増!

   Armchair Theater Goer など、沢山いないかな、と思っていたら、そして、皆さんもそう思っていたでしょう。
今朝の日経「文化」欄を読んでびっくりしました。なんのなんの急増しているのです。
読んだ人もいるでしょうが、同じように思ったでしょうか。この記事の紹介、今のオペラ編の後にしようか、と思ったのですが、オペラの話、まだまだ続く感じですので、今日は、その話をやめて、この記事を紹介します。
記事の見出しは、
ライブ、ネットで参加
中継通じ変わる音楽の「現場」 世界中に観客、表現者に刺激

肝要なところを、そのまま引用します。

  インターネットの動画配信サービスを利用した中継専用のライブハウスが相次いで開業。人気アーティストのライブを自宅にいながら生で楽しむことが当たり前になってきた。ネット中継は聴き手やアーティストの意識も変えつつある。

今月18日、東京・六本木のライブハウス「ニコファーレ」。人気アイドルグループのAKB48が歌い踊る。「ゆきり~ん」「こじはるううう」。ひいきのメンバーへの声援がネオンサインのように壁面を流れていく。自宅のパソコンや携帯電話でライブを見ている人が書き込んだコメントだ。

ニコファーレは 380人収容と小規模だが、ニコニコ動画の生放送で、全世界に音楽ライブなどを中継する。18日のこけら落としライブの視聴者は約67万人に達した。

四方の壁面と天井に発光ダイオード(LED)モニターを設置。様々な映像や、視聴者が書き込むコメントを即時に流す。3次元(3D)映像などを駆使し、視聴者がライブに参加する感覚を味わえるようにした。

これまでに実際の会場への入場券が1万4000枚、6800万円に対し、有料ネット配信のチケットは5万1600枚、7300万円が売れた。「ライブのネット中継にお金を払うことが定着しつつある」

ライブのネットでの生中継が急速に広がっている。昨年末、宇多田ヒカルが動画サイト「ユーストリーム」で生中継したコンサートは101カ国の34万5000人が見た。

「ライブハウスやクラブを第1の現場とするなら、個々の視聴者が自宅でユーストリームや連動するツイッターを使ってライブを楽しむ行為は全く新しい別の現場。そのくらい無視できない存在になってきた」

この動き、オペラ、その他の performing arts にも広がるかどうか、どう思いますか。メトの live view は、現在劇場でしか、見られませんが、あれを家庭で見せることは、技術的に可能です。
そうすれば、全世界の人が、armchair theater goer になって、自宅でメトの舞台を楽しむことが出来ます。あれ、劇場で見ると、3,000円ですが、有料配信を、500円くらいにすれば、世界中で何十万、いや何百万という人が見るのではないかな。メトの総支配人のピーター・ゲルブさんにメールで提案してみるかな。

2011年7月22日金曜日

私の名刺 Armchair Theater Goer の巻 美しきソプラノの死。

前回は、蝶々夫人の最後の自決の場面が、演出によって、どのように違うか、五つの演出から caputure した画面で見みてもらいました。
今回は、いろいろなオペラで、ヒロインのソプラノが死ぬ場面を、どうやって死ぬのか説明を加えて、見てもらいましょう。
オペラのヒロインは、悲劇的な死を遂げることを期待?されているので、安楽に畳の上(は日本のことで、オペラではベッドです)で、死ぬことは滅多にありません。ベッドで死ぬのは、病気で死ぬ場合です。昔ですと「死の病」の結核の長患いで、死ぬケースが普通です。
それも、やっと恋人と再会して、これから幸せになろうというときに、寿命が尽きてしまうのです。そういう運命なのです。
最初は、Puccini の La Boheme の Mimi です。この場面は、既に死んだ後に、恋人の Rodolfo が泣いて抱きついている場面です。
  Mimi は、ルーマニア出身の美人 Angela Gheorghiu です。やはり美女でないと、悲劇性が出ません。
その Gheorghiu が、La Traviata の Violetta でも、やはり結核の長患いの末、やっと再開できた恋人の Alfredo の腕の中で息絶える場面です。Tenor は、どちらも Mexico 出身の Ramón Vargas です。典型的なずんぐりむっくりの tenor です。
  次は、Torino Winter Olympics で荒川静香さんが滑ったアリアのある Puccini の Turandot で、あのアリアの後、女奴隷 Liu が、慕う王子 Calaf の身分を明かさないために、自ら短刀で自害する場面です。Liu の死という、このオペラのひとつの highlight です。Soprano は、アメリカ出身のLeona Mitchell. それほど有名ではありませんが、私の好きな soprano です。

次は有名な Carmen の最後です。Carmen が Don José に刺された直後の表情です。本当に刺された感じですね。Soprano は、ラトヴィア出身の Elina Garanca. これはメトの公演で、彼女は、この30年間の最高の Carmen という評判をとりました。Tenor は、スペイン出身の Roberto Alagna. 彼は、この公演の前に、Gheorghiu に離婚させられていたので、余計うらぶれた感じが出たと評されていました。

次は、Rigoretto の 娘の Gilda が、自分を騙した公爵の身代わりになって、殺し屋の手にかかって、親の Rigoretto に抱かれて死ぬ場面です。Soprano は、グルジア出身の Nino Machaidze. 私の大好きな soprano です。美人というより、まだ20代で、可愛い感じです。

その Machaidze が、メキシコ出身の Rolando Villazón と共演した、Gounod の Roméo et Juliette で、最後に自分で胸を突いて、Romeo と死をともにする場面です。短刀を胸に突き刺した瞬間の場面です。

最後の二つは、ロシア出身の、これまた美人 soprano の Anna Netrebko の死の場面です。
上の画像は、Roland Villazon と饗宴した、Massenet の Manon の、最後の Manon の死の場面です。愛する Des Grieux の腕の中で最後の息を引き取る場面です。

下の画像は、Donizetti の Lucia di Lammermoor で、兄から強制された結婚の相手を、新婚の床で殺して、気がふれた Lucia が、有名な「狂乱の場」の長いアリアを歌ったあと倒れた場面です。彼女はこの後、間もなく息を引き取ります。

こうして、集めてみますと、みんな見事な死に様ですね。こういう迫真の演技が見えるのも armchair theater goer ならばこそです、
どうですか。皆さんも armchair theater goer になって、佳人薄命、美女が死ぬ、しかも、死ぬ間際まで、劇場の隅々まで響く声で歌を歌って死ぬ場面を沢山見てみたい、と思いませんか。それも、アップで。